「時空戦士スピルバン」感想メモ ~ハイテク・ヒーローがついに勝てなかった、人間の悪の心~

2023年7月22日土曜日

感想 時空戦士スピルバン

t f B! P L

 「コンバットスーツヒーロー、集大成へ」

「時空戦士スピルバン」は、「宇宙刑事ギャバン」に端を発する「メタルヒーローシリーズ」の第5弾にして、「宇宙刑事」シリーズ3作と、それに続いた「巨獣特捜ジャスピオン」までの、いわゆる「コンバットスーツヒーロー」路線の最終作でもある作品だ。
銀河連邦警察という共通の世界観を持ち、作品としても連続した流れを構築した「宇宙刑事」シリーズの最大の特色である、宇宙規模のスケールを持つ世界観の中で数々のメカニックを駆使して戦う強化スーツを身に纏ったヒーロー、という特徴を継承し、よりそのスケールの拡大を目的にヒーローと戦う敵を巨大怪獣=巨獣として、等身大ヒーローのアクションシーンと、巨大怪獣と巨大ロボのバトルシーンの二段構えを売りにした野心作、「巨獣特捜ジャスピオン」の後番組として企画された「時空戦士スピルバン」は、等身大ヒーロー作品でありながら巨大怪獣と戦う挑戦的な作風からの回帰と、「宇宙刑事」シリーズからの強化スーツを身に纏ったヒーローという路線の総決算、集大成として、宇宙規模のスケールを持つ世界観に裏打ちされた、等身大ヒーローと悪の組織の対決路線となった。

「宇宙刑事シャリバン」で主役、伊賀電を熱演した渡洋史、「宇宙刑事シャイダー」で女宇宙刑事・アニーを演じ人気を呼んだ森永奈緒美、そして「電子戦隊デンジマン」「太陽戦隊サンバルカン」でヘドリアン女王を演じ、悪の女王の代名詞とも言うべき存在感を持つ名優、曽我町子といった、歴代の人気作で人気を集めたキャストが勢ぞろいしたオールスターキャストからも、この「時空戦士スピルバン」で、「宇宙刑事」シリーズから「巨獣特捜ジャスピオン」に4年間続いた「コンバットスーツヒーロー」シリーズの集大成を作ろうという制作陣の意気込みが感じられる。

かくして「時空戦士スピルバン」は、かつて平和な惑星・クリン星を滅ぼし、今まさに水の惑星・地球を狙いその魔手を伸ばそうとしている、曽我町子演じる女王パンドラを指導者に戴くワーラー帝国と、クリン星から脱出した避難民たちから最後の希望としてクリン星によく似た惑星・地球に送り出され、12年間、生命維持装置の中で戦士として成長し、地球を第二のクリン星にしないために戦う使命を帯びて、ハイテククリスタルスーツを「結晶」して戦うスピルバンとダイアナの男女ペアヒーローの戦いを描くことになった。
ワーラー帝国にはスピルバンの父、ベン博士と、姉のヘレンが囚われており、スピルバンとダイアナは二人の救出を願っていたが、ベン博士は女王パンドラに心酔する洗脳と改造を施されたドクターバイオへと変わり果てており、ヘレンもドクターバイオによって赤い強化服を着た女戦士、ヘルバイラへと改造され、スピルバンを倒すための刺客として送り込まれてしまう。スピルバンは悪の手に落ちた父や姉と戦う宿命を背負いながら、父と姉の奪還のため、そして滅んだクリン星の人々の仇を討つために、ダイアナと二人で過酷な戦いに挑むのであった。

「宇宙刑事シリーズ」から一貫してメインライターを務めてきた上原正三氏が好みとする、肉親と心ならずも戦う宿命を背負ったヒーローの苦悩を描いた展開を見せた「時空戦士スピルバン」は、息子であるスピルバンへの愛情は消されながら、ヘレンへの愛情だけは残っており、娘への愛情と女王パンドラへの忠誠心の間で揺れるドクターバイオの複雑なキャラクター造形や、ヘルバイラになっている間は体の自由が利かずに弟と戦わされる宿命に苦しむヘレンなど、重厚なドラマを展開。そしてこの肉親同士の悲劇的な戦いを描いた展開は、第30話「涙の再会、そしてドクターバイオは…」で娘を想うドクターバイオの行動でヘレンが開放され、スピルバンに保護されるという展開で一定の解決を見る。

その後、ヘレンもまた正義の戦士としてハイテククリスタルスーツを結晶し、ハイテククリスタルスーツを纏った三人の戦士がワーラーに立ち向かう展開が描かれる中、ワーラー帝国の守護神・ワーラーと女王パンドラは苦境を打開するべく、新たなる幹部を生み出す。それは、地球の地層に蓄積した、地球で生き死んでいったおびただしい数の人間の恨み、憎しみといった「人間の悪の心」を凝縮して生み出した、邪悪の塊とでも言うべき存在、ヨウキだった。
しかし、ヨウキは女王パンドラの思惑をも超えて暴走、退屈を持て余した人間たちの心の隙につけこみ意のままに操り始める。スピルバンたちの精神を徹底的に追い詰め、悪の組織も、ヒーローをも追い詰めるその脅威は、「人間の悪の心」が持つ恐ろしさを体現した。
今回の記事は、ヨウキが人間社会で作り出した秘密結社「無無無」が暗躍してスピルバンを追い詰めた、「ヨウキ編」とも言える第36話「ムムム!ワーラー新戦力=ヨウキ?」から、第39話「ウラワザ どんでん女王返し」までの4話を抜き出して、「人間の悪の心」の恐ろしさを描ききったこれらのエピソードの感想をまとめたいと思う。

「『退屈』に支配された人間たち」

幹部としてギローチン皇帝を迎えながら、ヘレンの奪還を果たされ、窮地へと追い込まれつつあったワーラー帝国。ワーラー帝国の守護神、ワーラーは新戦力として、地球の地層に蓄積されていた、地球人たちの恨み、憎しみといった負の感情、人間の悪の心を凝縮して人のカタチにすることで、人間の悪の心しか持たない新幹部・ヨウキを生み出す。激しい光とともにワーラー城に現れたヨウキは、女王パンドラよりスピルバン打倒の命を受けるものの、何処かへと姿を消す。

時を同じくして、とある山中で、「戦争ごっこ」、サバイバルゲームに興じる一団があった。彼らは地位も名誉も、使い切れないほどの大金も手に入れ、全てを手に入れた者が行き着く果ての「退屈」に支配され、血の騒ぐ、生きていることを実感できる「刺激」を求めていた日本を代表する名士の集まりだった。彼らの前に姿を表したヨウキは、もっと血の騒ぐことをしようと提案、人間の心の悪の部分を拡大する「匂い」を体から出すと、退屈を持て余し刺激を求める彼らの心の隙につけこみ、その心を支配するのだった。
ワーラーを追ってパトロールをしていたスピルバンは、背筋を凍らせるような「匂い」を察知する。その前に白い服面をした一団が現れ、スピルバンを襲撃した。ハイテククリスタルスーツを結晶したスピルバンはその正体を暴こうとするが、サーチアナライザーの解析は彼らがこれまで戦ってきたアンドロイドではなく、ただの人間であることを告げるのであった。

スピルバンを襲った覆面集団の正体は、ヨウキによって人間の心の悪の部分を拡大され、悪魔となってしまった人間たちが結成した秘密結社「無無無」だった。素顔を晒したものは死なねばならない掟に支配され、親兄弟、妻子よりも「無無無」に命を捧げることを誓った狂気の集団の出現に戦慄するスピルバンたちは、スピルバンを襲い、その素顔を暴かれた男がボクシングの世界チャンピオンであり、そして謎の事故死を遂げたことをTVのニュースで知る。
スピルバンは姿を現したヨウキが人々を操り、事故死を装って素顔を暴かれた人間を消したことを察知すると、その脅威に警戒を強める。一方でワーラー帝国側も、ヨウキがこのままスピルバンを倒せば女王パンドラに次ぐ存在となってしまうことを恐れ、密かにヨウキの先手をうつべく行動を開始するのであった。

パトロールをしていたスピルバンは、小学校が謎の「匂い」と白い閃光に襲われているところに遭遇。子供たちを助けようとするスピルバンたちを再び「無無無」の一団が襲撃する。
ただの人間にすぎない「無無無」に抵抗できないスピルバンの前に、ヨウキを快く思わないワーラー帝国のリッキーが、デスゼロウ将軍をそそのかして出撃させたニュー戦闘機械人ワルサーもその姿を現す。ワルサーの出現で作戦を中断したヨウキと「無無無」は撤退。
ワルサーはスピルバンにあえなく倒され、ワーラー城に戻ったヨウキは、何者かの介入で自らの作戦が失敗したことを暴露。女王パンドラの怒りを買ったリッキーはパンドラ女王の魔力によってヨウキの「椅子」に変えられてしまう。ギローチン皇帝やデスゼロウ将軍はその光景と、ヨウキの底知れぬ恐ろしさに戦慄するのであった。

以上がヨウキ登場編となった第36話「ムムム!ワーラー新幹部=ヨウキ?」のあらすじだ。
「人間の悪の心」の結晶であるヨウキは、この世界で最も恐ろしいものは、自分の源である「人間の悪の心」を抱いた人間そのものであることを知っていた。
ヨウキは富も名誉も手に入れ退屈を持て余した人間たちに接触し、その心の隙につけこんで「無無無」を結成したわけだが、サバイバルゲーム…というよりは、「戦争ごっこ」に勤しみ、その刺激で生きている実感を得ようとする「無無無」のメンバーの姿は、SNS全盛時代、「退屈」を持て余し、炎上してでも注目を集めようとする、「バズる」ことを最優先にして生きる現代の人間たちの姿をも連想させる。何もかも満たされた生活に飽き飽きし、生きている実感を過激な刺激を得ることでしか実感できない心の隙が、彼らを過激な行動に走らせ、時には人生を台無しにするほどの過ちを犯させてしまう。退屈を持て余し、人を実際に襲撃するという、「戦争ごっこ」以上のスリルと刺激に満ちた行為を受け入れた「無無無」のメンバーの描写は、非常に現代的なテーマに満ちた展開と言えよう。

以上の風刺的な描写や、新たな幹部の台頭に危機感を覚える悪の組織の内紛の描写は、メインライターである上原正三氏の得意とするパターンだ。コンバットスーツ・ヒーローの集大成を意識した「時空戦士スピルバン」だからこそ、「スーパー戦隊シリーズ」や「宇宙刑事」シリーズでも展開されてきたこれらの描写を踏襲、更に発展させた展開が用意され、特撮ヒーロー作品の決定版を志向した制作陣の意気込みが感じられる。

「同じ人間からの襲撃に傷つく心」

こうしてギローチン皇帝と並ぶ大幹部となったヨウキは次なる作戦を展開。
月野村に「無無無」のメンバーを送り込むと、再び「匂い」で村人たちの心を惑わせ、その魔力で山から純金を出し、山から金が出る、と吹き込むことで村人たちを金欲の虜にしてしまう。
ヨウキは上質の地下水を産出する月野村を支配することで、かつてワーラーがスピルバンに阻止された太陽系メガロポリス計画を再び実行しようとしていたのだ。
「無無無」は、月野山は年間100tもの金を採掘しても100年は採掘できる大金鉱であると吹きこみ、過疎に苦しむ月野村の村人たちを完全に籠絡、スピルバンたちを金を狙う国際犯罪組織ゴールダーのスパイであると吹き込み、村人たちにスピルバンたちを襲わせる計画を実行するのだった。

かくして月野村へパトロールに訪れたスピルバンを、「無無無」のメンバーと村人たちが襲撃する。
ほうほうの体で逃走したスピルバンは、これまで命をかけて守ってきた地球人たちに裏切られたことにショックを受け、誰のために戦っているのか、ということすらも見失いかけてしまう。
傷ついたスピルバンの代わりに月野村に向かったダイアナとヘレンが目の当たりにしたのは、大金に目が眩んで自分を見失い、欲の化け物と化した村人たちの姿だった。
「無無無」のメンバーやキンクロンたちに襲われたダイアナとヘレンはワーラーの基地を発見し、スピルバンもそこに駆けつけ、ワーラーの基地を粉砕する。
しかしそこに、欲に狂わされた村人たちが姿を現すと、スピルバンを襲い始めた。大人たちはスピルバンを痛めつけ、子供たちはそれを笑いながら眺める。守るべき人間たちに襲われ手を出せないスピルバンを、欲を持たないために正気を保っていた八助じいさんが助ける。太陽系メガロポリス建設に失敗したことを悟ったヨウキと「無無無」は姿を消し、村人たちも正気に戻るのだった。
アジトに戻ったヨウキは、「無無無」のメンバーの前で、ワーラー帝国を乗っ取る野望を語ると、素顔を暴かれた代議士を再び事故死に見せかけ殺害。新聞記事で代議士の死を知ったスピルバンは、その恐怖に戦慄すると同時に、ヨウキに操られているだけの「無無無」メンバーを救えなかった後悔を語り、ヨウキに立ち向かう決意を新たにするのだった。

第37話「どろどろん!ヨウキに踊ろう悪魔ダンス」では、無辜の人々を守るために戦ってきたスピルバンが、欲望に狂ってしまった、守るべき人々に襲われショックを受けるシーンが挿入され、金欲に狂って自分を見失ってしまう、弱い心を持った人間たちに本当に守る価値があるのか、と苦悩しながらも、村人たちを救うため立ち上がる姿を通して、ヒーローの倫理観というウィークポイントをついたヨウキの悪辣な計画と、それにも負けず人々を守り続けることを誓うスピルバンたちの強い心が描かれている。
金欲に狂い自分を見失う村人たちの姿からは、高額の報酬に目が眩み、斡旋された犯罪行為に手を染めてしまう、「闇バイト」という現代の社会問題をも連想させるだろう。

ヨウキは「匂い」で人の心を惑わし、心の隙をついて人間を操るが、「無無無」のメンバーは退屈を持て余し「刺激」を求める独りよがりな心を、月野村の住人たちは過疎化に苦しみ生活のためにお金を求める欲望という心を利用されて操られてしまった。これらの自分の欲望という心は人間には必ず備わっているもので、ヨウキは人心の全てを掌握するのではなく、元々持っていた弱い心をほんの一押しを加えるだけで悪に転じさせて操り、スピルバンを追い詰めている。
ここに、この世で最も恐ろしいものは人間の心であり、それにはヒーローも抗うことが容易ではない、というテーマ性を感じずにいられない。人間の心が理性というブレーキを失い、自分の欲望のためだけに動き始めた時、それは正義のヒーローも抗えないほどの強大な悪となってしまう。悪の組織よりもずっと恐ろしい「人間の悪の心」を描いたヨウキ編を通し、「時空戦士スピルバン」は、子供たちがこれからの人生を生きる上で恐れるべき「人間の悪の心」の恐ろしさと、その悪の心に負けない正義の心を持ってほしいという願いを込めたメッセージを打ち出したのである。

続く第38話 「君は倒せるか?!パパママ機械人の逆襲!」ではギローチン皇帝が主導で作戦を行い、遺伝子工学で高名な望月夫妻を捕らえ、ニュー戦闘機械人ブレンダーにその脳を埋め込んでスピルバンを襲わせるという、無辜の人々を攻撃できないスピルバンのウィークポイントをついた作戦が実行された。第37話で操られているだけの月野村の人々に反撃できなかったスピルバンたちという展開を受け、さらにヒーロー作品の倫理観に挑戦するようなエピソードとなったこの話でも、ヨウキは暗躍を見せている。ワーラーから開放された望月博士に突然ヨウキが憑依、スピルバンの首を絞めるというショッキングなシーンが展開されたのだ。高みの見物、を決め込みながら、スピルバン抹殺の機会を決して見逃さず、スピルバンが手を出せない無辜の人間を操るヨウキの底知れぬ恐ろしさを演出したこのシーンが、作中の緊張感を更に高めている。

「ギローチン皇帝をも恐れさせた『人間の悪の心』」

ヨウキの命を受けた「無無無」のメンバーたちは、「無無無」の勢力を拡大し、ワーラー帝国乗っ取りの野望の実現を図る。大学病院外科部長の河野は病院にやって来る患者たちを家族ぐるみで「無無無」に取り込み、弁護士の松本は凶悪犯を次々と「無無無」に引きずり込む。世界的トップモデルの中尾さやかは、「無無無」のメンバーが纏う白い覆面を自分のブティックで大々的に売り出し、大流行させる。「無無無」ルックを流行させる中尾さやかを怪しんだスピルバンは、ダイアナとヘレンに彼女の尾行を指示する。
思想的な意味などを理解しようともせず、ただ流行している、という理由だけで「無無無」の覆面を買い求めた人々は、覆面に仕込まれた、人心を惑わす「匂い」を出す「匂い袋」の影響を受け、ヨウキによって操られてしまい、スピルバンたちを襲い始める。操られているだけの人間を攻撃できないスピルバンたちが窮地に陥る中、ヨウキは女王パンドラにその働きを認められワーラー城に招かれる。ヨウキはワーラー城のスクラップ置き場から自身の手駒となるヨウキ戦闘機械人を作り出すと、ついにその野心を露わにし、ワーラー帝国への反逆を開始する。しかし独自の調査でその反逆を看破していたギローチン皇帝と、既にその野心を見抜いていた女王パンドラは余裕の態度を崩さず、ニュー戦闘機械人バキューマーを出撃させ、バキューマーはその力でヨウキ戦闘機械人を倒し、デスゼロウ将軍を翻弄したヨウキも、女王パンドラの魔力によって倒され、封印されるのであった。
「無無無」の残党の抹殺を命令したギローチン皇帝に、デスゼロウ将軍は人間など放っておいても、と軽んじるが、あのヨウキも人間の悪の集合体であることを指摘されると認識を改め、人間とは恐ろしい生き物である、と「無無無」残党の抹殺に向かうのであった。

ヨウキの敗北、そして封印に伴い正気に戻った「無無無」のメンバーの前に、デスゼロウ将軍がキンクロンやバキューマーを引き連れ現れる。しかしそこにスピルバンたちが駆けつけ、銃撃のエネルギーを吸収し、何でも吸い込んでしまう強敵バキューマーに苦戦しながらも、激戦の果てにバキューマーを倒すことに成功するのであった。
ヨウキを封印した棺は、女王パンドラによって地底に帰された。ヨウキが死んだことで、街を覆っていた霧が晴れたのを見たスピルバンたちは、「どうやらヨウキは死んだらしい」と胸をなでおろす。こうして、スピルバンたちハイテク・ヒーローも、数々の星を滅ぼしたワーラー帝国をも恐れさせた「人間の悪の心」の結晶が起こした一連の事件は、なんとか解決を見るのだった。

第39話「ウラワザ どんでん女王がえし」は、ヨウキの野心を見抜いており、的確な対処を行った女王パンドラの底知れなさを演出し、上原正三氏が得意として数々の作品で描いてきた、マスメディアを利用して悪の芽を社会に蔓延させようとする悪の組織の陰謀や、悪の組織の構成員同士の権力争いといったドラマの完成形として非常に高い完成度を持つエピソードだ。思想的な意味などを理解せずに、ただ流行しているというだけで「無無無」ルックを買い求める人々の姿からは、流行に敏感なゆえに、周囲で流行っている、という理由で流行に流されてしまう若者の姿を風刺的に描いている。

そしてこのエピソードの新味は、悪の組織に内乱を起こすヨウキが、宇宙の果てから突然現れた野心を持つ新たなる悪、ではなく、「人間の悪の心」の結晶体である、という設定にこそある。スピルバンたちを精神的に消耗させ、悪の権化であるギローチン皇帝やデスゼロウ将軍をも恐れさせた存在が、人間の悪意が凝集した存在であるというこの設定は、この世で最も恐ろしいものが「人間の悪意」であり、それはヒーローや悪の組織をも恐れさせるほどである、というメッセージ性を感じ取ることが出来る。

「ハイテク・ヒーローが勝てなかった、悪意の恐ろしさ」

スピルバンたちは、とうとう自力ではヨウキに勝てなかった。勝てないまま、ヨウキが預かり知らぬところで滅んだことに安堵することしか出来なかった。人間を守るために戦ってきたスピルバンたちの心を、その人間たちを操り襲わせることで踏み躙り傷つけてきたヨウキが、その野心を暴走させ女王パンドラに反旗を翻したことに救われたのである。
ヨウキはその身が「人間の悪の心」というだけでなく、「無無無」のメンバーも、退屈を持て余し刺激を求める人間の欲望という弱い心の隙を突かれ、月野村の人々は、お金を求める人間に共通した欲望を利用された。「無無無」ルックを買い求めた人々は、流行を追い求めそこに意味を求めない心に付け込まれ、操られてしまった。「ヨウキ編」が4話にかけて描いてきたスピルバンとヨウキ、「無無無」の戦いは、「人間の悪の心」そのものとの戦いを描いたとも言える。

上原正三氏が「宇宙刑事」シリーズと「巨獣特捜ジャスピオン」で描いてきた要素を踏襲し、その集大成となることを志向して作られた「時空戦士スピルバン」において、上原正三氏が得意とし、追い求めてきた、科学、経済が発達して巨大文明を築いた現代社会の行く末に到達する社会問題を予見したエピソードの決定版として作られた「ヨウキ編」は、「人間の悪の心」こそがこの世で最も恐ろしく、他者の欲望を先導して操り、悪へと導くのだというメッセージを残した。
「人間の悪の心」はヒーローであるスピルバンたちですら太刀打ちできず、巨悪のワーラー帝国すら揺るがしかねない恐ろしいものだ。そんな悪の心が仕掛ける、欲望を刺激する誘惑、巨万の富への欲望や、流行のファッションの所有欲を刺激する誘惑は、この現代社会でも、いや、SNS時代の現代だからこそ、より身近なものになっている。前述してきた、「バズる」ことで承認欲求を満たそうとし、罪を犯すことでしか人々の関心を集めることが出来ない者や、高額の報酬に目が眩み、斡旋された犯罪に手を染めてしまう「闇バイト」問題が大きな社会問題となりつつある現代社会の問題点を、「時空戦士スピルバン」の「ヨウキ編」は予見している。そしてそんな悪の欲望に負けず、守るべき人々に裏切られながらも、人を守ることを続けるスピルバンたちの正義の意志の尊さも描かれ、悪からの誘惑によって刺激された欲望に負けずに善を貫いて欲しい、というメッセージが、今だからこそより強く我々の心に訴えかけられている、と言えよう。

「時空戦士スピルバン」は2023年7月現在、東映特撮ファンクラブU-NEXTで有料見放題配信中だ。宇宙刑事シリーズ、「巨獣特捜ジャスピオン」の集大成として描かれた骨太のドラマと社会派エピソードの数々は、高い完成度をもって今なお我々を楽しませてくれる。クリン星の最後の生き残りとして悪への怒りを燃やしながら、心を引き裂くワーラー帝国の悪辣な陰謀に立ち向かう時空戦士たちの戦いを、ぜひその目で目撃していただきたい。

QooQ