「仮面ライダー」感想メモ ~ピンチを強みに変え続けた、等身大ヒーロー作品の開拓者~

2024年2月6日火曜日

仮面ライダー 感想

t f B! P L

 「仮面の世界」

1969年末、毎日放送は東映に新番組制作の打診を行った。
当時、絶大な支持を受けていた「お笑い頭の体操」に対抗するための、土曜午後7時30分の放送枠の新番組企画に対し、当時東映テレビ事業部責任者だった渡辺亮徳は「月光仮面」に代表される「仮面(のヒーロー)モノ」を提案した。
子供番組において「スポーツ根性モノ」が隆盛を誇り、「巨人の星」や「タイガーマスク」といったアニメーション作品や、東映が制作した「柔道一直線」がヒットする中で、あえて他がやっていない「仮面モノ」で勝負を仕掛けようとするこの提案を受け、後に数々の変身ヒーロー作品を生み出した東映の名プロデューサー、平山亨は脚本家の伊上勝、市川森一、上原正三といった才気あふれるブレーン・メンバーと企画を練り、原作者、キャラクターデザイナーとして既に「サイボーグ009」のヒットでその名を知られていた萬画家、石ノ森章太郎を起用して新たなる「仮面モノ」の創出を行う。
様々な企画案を経て、オートバイに乗る仮面のヒーローという案が固まっていき、「クロスファイヤー」「仮面ライダー 十字仮面」といった変遷を経て、石ノ森章太郎の案で仮面に「異形」の要素を付与したドクロの仮面をつけたヒーロー、「仮面ライダースカルマン」として企画の完成を見たこの新番組企画に、まず最初のピンチが訪れる。

そのピンチとは、毎日放送の営業サイドから、縁起の悪いものを嫌うスポンサーサイドへの配慮を踏まえたクレームがついたことだった。主人公の顔がドクロでは困る。縁起の悪いものを嫌う風潮と、石ノ森章太郎の「異形」へのこだわりが招いたこのピンチは、石ノ森章太郎を大いに落胆させたが、平山亨と石ノ森章太郎は、このピンチを新番組の要となる強みを生み出す機会へと変える。骸骨に似て非なるモチーフとして、バッタの顔というモチーフを発想した石ノ森章太郎は、平山亨とともにヒーローがそのモチーフを持つ理由を考案した。
既に「仮面ライダースカルマン」の段階で、ヒーローと戦う敵は秘密結社ショッカーが送り込む「怪人」であることが決定しており、蜘蛛男や半魚人といった生物の特徴を持つ改造人間が刺客として登場することが決まっていた。
石ノ森章太郎と平山亨は、ヒーローが敵の怪人と同じくバッタという生物をモチーフにするにあたり、同族同士の争い、という構図を作品に持ち込んだ。すなわち、ヒーローもまた悪の組織であるショッカーが生み出したバッタの改造人間であり、同じくショッカーに改造された悪の改造人間と同族同士で戦う宿命にある、という悲劇性を設定したのである。
「スカルマン」の段階で志向されていた異形の「哀しみ」に、同族同士で戦わなくてはならない「哀しみ」、そして改造人間とされてしまったことで二度と人間に戻れなくなる「哀しみ」と、いくつもの悲劇性を付与したこの設定は、長く続く「仮面ライダー」シリーズにおいて踏襲され続ける、重要なファクターとなっていく。
石ノ森章太郎と平山亨は、放送局側からのデザインに対するクレームというピンチを、デザインの修正とともにそれに基づいた設定を考案し、「仮面ライダー」というヒーローの骨子を創造してみせるという強みへ見事に変えたのだ。

かくして「仮面ライダーホッパーキング」として完成した新番組企画は、正式タイトル「仮面ライダー」として制作が決定し、1971年2月より撮影が開始、同年4月3日に放送開始を迎える。
それはいくつもの危機を強みへと変えた、稀代のエンターテイメント作品の幕開けだった。

「知恵と工夫が産んだ怪奇性」

「仮面ライダー」という作品の制作体制は決して恵まれたものではなかった。
予算もなければ、荒れ果てていたところを急遽整備されたの東映生田スタジオでは撮影機材も不足している。その上で超人的な能力を持った改造人間同士の戦いを描かなければならない。
困難を極めるミッションを達成すべく、「仮面ライダー』制作陣は知恵と工夫を凝らした。
第1話「怪奇蜘蛛男」を監督した竹本弘一監督は、蜘蛛男がヒロインの緑川ルリ子をさらい逃走するシーンで、カメラを移動させながら撮影を行うため移動車の使用を求めたが、設備が未だ整っていない東映生田スタジオにおいてそれは叶わなかった。
そこで竹本弘一監督は、蜘蛛男が走る短いカットを何十回も撮影し、それを細かく繋げる編集を指示することで、ごくごく短いシーンでありながら印象に残る、蜘蛛男の改造人間らしい非人間的な走り方を演出してみせた。乏しい機材の中でアイデアとイマジネーションを凝らし、改造人間という存在の普通の人間ではない動きを演出したこの手腕が、ショッカー怪人の怪奇性を見事に演出し、長く続くシリーズの怪人描写の基盤を作り上げたのである。

照明を強く当てる余裕もなかった。それまでの東映作品の照明は、画面に映るもの全てを照らし出す手法が伝統的だった。しかし「仮面ライダー」の乏しい予算ではそれは不可能だ。
そこで「仮面ライダー」制作陣は、人物だけを暗闇に照らし出すようなライティングを行い、闇に蠢く改造人間の怪奇性を画面に演出してみせた。第2話「恐怖蝙蝠男」にて蝙蝠男と仮面ライダーが暗闇の中で死闘を演じるシーンは、彼ら改造人間がその異形を闇に隠して生きなくてはならない人外の哀しみを背負った存在であることや、ショッカーという組織の怪奇性を強調したのである。乏しい予算と機材というピンチを、「仮面ライダー」という作品の、特に初期13話の所謂「旧1号編」の特色である怪奇性の演出の成功という独自の強みへと変えた「仮面ライダー」制作陣の非凡なセンスが、全く新しいヒーロー作品を生み出そうとしていた。

「番組存続の危機が産んだ、奇跡の共演劇」

こうして制作を開始した「仮面ライダー」は、世界征服を企む悪の秘密結社、「ショッカー」によって改造手術を施され、バッタの能力を持った改造人間になってしまった青年、本郷猛が脳改造寸前に脱出したことで人の心を保ち、世界の平和と人類の自由を守るためショッカーが繰り出す怪人と戦うという基本設定のもと、ショッカーの改造人間の異形と怪奇性を強調した演出を存分に展開した。「怪奇アクションドラマ」を志向した初期エピソードは、人ならぬ身と化した本郷猛の孤独と哀しみを描いたドラマ性の高さもあり、現在でも高い人気を誇っている。

恵まれたものではない制作体制の中、知恵と工夫でグレードの高いドラマを展開していた「仮面ライダー」は、第1話の放送を前に番組存続の危機となる最大のピンチを迎えることになる。
2本撮りで撮影されていた第9話・第10話の前後編の撮影中に、本郷猛を演じていた藤岡弘氏が撮影中で不慮のバイク事故で負傷、入院を余儀なくされ、番組への出演が不可能になったのだ。
ヒーロー番組史上で最も有名なアクシデントとも言えるこのピンチを、制作陣は新たな強みを生み出すことに繋げた。それが「滝和也」というキャラクターの創造だ。
本郷猛の出番がどうしても必要となる場面は過去のライブフィルムの映像やスタントインで補い、補いきれない分のドラマを回すためのキャラクターとして創造された滝和也は、第11話「吸血怪人ゲバコンドル」にて本郷の良きライバルであるオートレーサーとして登場したが、後にその正体がショッカー壊滅の任務を帯びて日本にやってきたFBI捜査官と発覚する。ショッカーと能動的に戦う使命を帯びたこのキャラクターの登場で、「仮面ライダー」というドラマはショッカーの怪事件を能動的に追い、それを阻止するために戦うアクションドラマの作風の強化を果たす。そして人気キャラクターとなった滝和也は、第2クール以後もレギュラーキャストとして名を連ね、仮面ライダーとともに戦うパートナーとして最終話まで登場することになった。
主人公不在という危機的状況下に対し、主人公とともに戦うパートナーキャラクターの創造によってアクションドラマとしての完成度を高めた制作陣の手腕はあまりにも見事なものだ。

しかしそんな滝和也の登場という手法も、主役不在という状況を根本的に解決するものではない。主人公ヒーローである仮面ライダー=本郷猛の不在は、ようやく始まった「仮面ライダー」という番組の終了を意味する。
東映と毎日放送は、本郷猛役のキャストの変更や、これまでと全く異なる舞台で第二の仮面ライダーを登場させるなど、番組存続のための緊急措置を模索し、協議の結果、これまでのシリーズと同じ舞台のまま、そこに第二の仮面ライダーが現れるという案が採用されることになる。一方で、第一の仮面ライダーである本郷猛の処遇については意見が別れた。
本郷猛を死亡させる案すら上がる中、「ヒーローの死によって子供たちの夢を壊してはならない」という平山亨の信念と、同じく東映のプロデューサーである阿部征司が、藤岡弘と交わした、怪我からの復帰後に番組に帰還させるという約束への配慮もあり、本郷猛は海外で暗躍するショッカーを追って日本を離れるという展開が採用されることになる。
この、本郷猛が海外に旅立つという展開もまた、ショッカーが世界中にその悪の根を伸ばしているというスケールの大きな設定へと昇華され、作品世界のスケールの拡大や、全貌が知れぬショッカーという悪の組織の強大さを演出する強みとなった。

そして、新たに登場する第二の仮面ライダー=一文字隼人役には当時既に人気を博していた俳優、佐々木剛氏がキャスティングされ、同時に仮面ライダーの姿もそれまでの暗色に身を包んでいた闇に溶け込むカラーリングから、銀色のラインが体を走る明るいカラーに変更される。そ
うしたデザインのモデルチェンジや、陽性な雰囲気を持つキャラクターとして創造された一文字隼人への主役交代に合わせ、「仮面ライダー」は「怪奇アクションドラマ」から、頼もしいヒーローである仮面ライダーとショッカー怪人との丁々発止の戦いを描く痛快アクションドラマへと変貌を遂げることになる。この路線変更は、一文字隼人への主役交代に合わせ行われたことで、いわゆるテコ入れ策でありながら自然な路線変更として受け入れられることになった。

また、一文字ライダーのデビューと共に、仮面ライダーへの変身方法にも変更が加えられた。
本郷猛が変身する仮面ライダーは、専用バイクであるサイクロン号に乗るなどして、強い風をベルトの風車ダイナモに受けて仮面ライダーに変身した。しかし藤岡弘氏のバイク事故の再発防止や、佐々木剛氏がオートバイの免許を所有していなかったという点が考慮され、この変身プロセスは変更されることになる。一文字隼人が変身する仮面ライダー第2号は、「変身ポーズ」という一定のポーズを取ることによってベルトの風車ダイナモが起動、変身を完了する。
敵を前にしてより能動的な変身を可能にしたこの偉大な発明は、子供たちが手軽に真似をして遊ぶことが出来るという効果を生み、大きな人気を呼ぶ。

こうして数々の設定変更を果たし第2クールに突入した「仮面ライダー」は、陽性なムードへの路線変更が功を奏て年少の視聴者の心をガッチリと掴み、瞬く間に人気番組の仲間入りをする。主役不在という番組存続の危機を機に、あらゆる番組強化策を投入することで痛快アクションドラマへの「変身」を遂げた「仮面ライダー」は、その後もショッカーの組織力を強調する「大幹部」ゾル大佐の登場といったイベントを矢継ぎ早に投入した。それは興味が移りやすい児童層の興味を常に番組に引き付けんとする制作陣の努力の結果でもある。
それは功を奏し、同時期に放送された「帰ってきたウルトラマン」と合わせ、第二次特撮ブームをもたらした。「ウルトラマン」が牽引した第一次特撮ブームが「怪獣ブーム」であったのに対し、「変身」するヒーローそのものが人気を牽引する「変身ブーム」として知られている。

クリスマスを迎えた1971年12月25日、怪人狼男の正体を表したゾル大佐との決着を描いた第39話「怪人狼男の殺人大パーティー」を持って第3クールを終えた「仮面ライダー」は、年明けの第4クールを迎えるにあたり、最大級のイベント編を実行する。
それは、3ヶ月間の治療と、3ヶ月間の過酷なリハビリに耐え復帰を果たした藤岡弘、すなわち本郷猛の半年ぶりの番組への帰還による、二人の仮面ライダーの共演編だった。
スイスより日本に現れた新たな大幹部、死神博士を追って日本に帰還した本郷猛の再登場と、本郷ライダーと一文字ライダーの共演を、鹿児島の桜島を舞台にしたスケールの大きなストーリーとともに描いた第40話「死斗!怪人スノーマン対二人のライダー」は、1972年1月1日のお正月から放送され、子供たちを熱狂させた。
ここで驚かされるのは、続く第41話「マグマ怪人ゴースター 桜島大決戦」において、ショッカーに囚われ精神をコントロールされた本郷ライダーが一文字ライダーと対決するシーンが演出されていることだ。ヒーローが二人並んだ時、どちらの方が強いのかと思う子供たちの興味を引くこのシーンは、ヒーローの強さが気になる子供たちへのファンサービスでもあり、同時に一文字ライダーからのテレパシーで本郷ライダーが正気を取り戻す、お互いにテレパシーで繋がっているダブルライダーの絆の強さをも演出した秀逸なものである。
そこには常に子供たちの目線を意識した「仮面ライダー」制作陣の真摯な姿勢があった。

もし、本郷猛が番組から退場する際に、本郷猛を死なせていれば、この「ダブルライダー」は実現しなかった。あるいはやはり本郷猛は生きていた、ということにして無理矢理にでも並び立たせることは可能だったろうが、やはりそこには無理が生じるだろう。アクシデントが産んだ本郷猛がショッカーを追って海外に旅立った、という設定を最高のイベント編の演出へと繋げた神がかり的な采配が子供たちを熱狂させ、「仮面ライダー」人気を不動のものに変えたのであった。

「戦士の帰還」

「ダブルライダー編」を連発した豪華な構成となった第4クール完結、そしてスタッフ陣の悲願であった劇場用新作「仮面ライダー対ショッカー」をもって、一文字隼人は度重なる失敗で海外に左遷された死神博士を追って海外に旅立ち、入れ替わるように日本の守りは帰還した本郷猛が担うことになった。新たな大幹部、地獄大使に立ち向かう本郷猛が変身する仮面ライダーはライトグリーンのマスクに銀色の手足を持つ明るいカラーリングへとモデルチェンジを行う。
後年、「新1号」と呼ばれ「仮面ライダー」の代表的なスタイルとして確立されたこの姿は青空に映え、かつての闇に溶け込む暗さを持っていた「仮面ライダー」が、青空の下で展開される痛快アクションドラマへ完全な「変身」を果たした象徴とも言える姿だった。
「新1号」の変身プロセスには、一文字ライダーが披露し好評を博した変身ポーズによる変身が採用され、本郷猛は「仮面ライダー対ショッカー」での初披露を経てより洗練された変身ポーズを披露し、新たなる姿へ進化した本郷ライダーの勇姿を強く印象付けた。

スタッフ陣との復帰の約束が実現したこの本郷猛の帰還は、第4クールを終え一年間放送されていたシリーズのカンフル剤となり、マンネリ化を防ぐ効果を発揮している。
一方で本郷猛のキャラクター像も、演者である藤岡弘のイメージを反映したワイルドで頼もしいヒーローらしい側面が強調されるようになり、一文字ライダー編で好評を博した要素を確実に踏まえた演出がされている。

ここでもスタッフ陣は子供たちの興味を引く作劇を徹底して行った。
海外に左遷された死神博士はたびたび日本にその姿を表し、自身の作った怪人で因縁の宿敵の本郷猛に挑戦した。ここに、地獄大使と死神博士という二人の大幹部の並び立ちが実現し、彼らの丁々発止のやり取りは視聴者の心を掴んだ。
死神博士との決着編となる第68話「死神博士 恐怖の正体?」では、ライダーのサポーターとしてともに戦い、その特訓を手助けしていた「おやじさん」こと立花藤兵衛がショッカーに捕らえられ、ライダーを鍛えた手腕を見込まれてか、怪人のトレーナーとして働くことを強制されるという展開が描かれ、ライダーの特訓に付き合うおやじさんはじつは凄く強いんじゃ、と思っていた子供たちの想いに応える展開が演出されている。
さらに同話では仮面ライダーの駆るスーパーマシン、サイクロン号のリニューアルが実現。
流線型のカウルがシャープな印象を与える「新サイクロン号」は「流星のマシン」に相応しい流麗さを誇り、そのカッコよさが子供たちの心を掴んでいる。

一方で、またしても番組の危機となるピンチがこの時期に起こっている。
「仮面ライダー」人気を受け、その主演を努めていた藤岡弘氏の人気もまた、大きな高まりを見せていた。そんな稀代の才能が放って置かれるわけもない。
NHKドラマ「赤ひげ」のオーディションを受け、見事合格を果たした藤岡弘氏だったが、このオーディションへの参加が東映・毎日放送に無断のものであったことからトラブルが発生し、「赤ひげ」への藤岡弘氏の参加は見送られることになった。これを受け、劇場用新作「仮面ライダー対じごく大使」の撮影を控えていた状況の中、藤岡弘氏は失踪してしまう。ここに、「仮面ライダー」は再び主役不在の危機を迎えたのだった。
これに対し「仮面ライダー」制作陣は、本郷猛の出番を減らし、劇場用新作「仮面ライダー対じごく大使」でデビューを飾るはずだった新怪人、カミキリキッドを急遽テレビに登場させ、「仮面ライダー対ショッカー」で初登場し、劇場用怪人として子供人気が高かったザンジオーもテレビに初めて登場するなど豪華な展開を行った第66話「ショッカー墓場 よみがえる怪人たち」、謎に包まれていたショッカー首領の正体に迫り、視聴者の興味を惹きつける案を実行した第67話「ショッカー首領出現! ライダー危うし」を制作。
主役不在の状況だからこそ、豪華な内容で番組を盛り上げる策を取った。主役不在というピンチの中で制作されたエピソードを番組強化策としてしまう手腕は、様々な番組存続の危機を乗り越えてきた「仮面ライダー」制作陣ならではの凄みとも言える。

2週間ほどの時が経ち、藤岡弘氏が現場に復帰。
改めて前述した死神博士との決着編である第68話と劇場用新作「仮面ライダー対じごく大使」の制作が行われ、富士山麓を舞台に展開される仮面ライダーと再生怪人軍団の死闘が銀幕を飾り、「仮面ライダー」人気は盤石のものとなっていった。
この「仮面ライダー対じごく大使」が公開された「東映まんがまつり」は、「へんしん大会」と銘打たれ、「変身忍者嵐」や「超人バロム・1」といった変身ヒーローたちが銀幕に集い、「変身ブーム」に湧く子供たちを熱狂させている。
また、ファンの励ましを受けた藤岡弘氏はファンクラブを設立、さらに放送各局は彼に同情的な態度を示し、番組出演を次々にオファー。東映や毎日放送ともコンセンサスを取り、「仮面ライダー」への出演スケジュールを調整する決定が行われた。
こうして藤岡弘氏は様々な作品へと出演し、役者としてのキャリアを積んでいくことになる。

「ゲルショッカー出現!!仮面ライダー最期の日!」

こうしてトラブルを乗り越えた「仮面ライダー」の第6クールは、死神博士との決着や、和歌山県勝浦温泉で撮影された、一文字ライダーの再登場による新たなダブルライダー編、仮面ライダーをバックアップする「少年仮面ライダー隊」の結成という、数々のイベント編の釣瓶打ちとも言える豪華な展開を見せた。そこには放送2年目を迎え長期シリーズとなった「仮面ライダー」への子供たちの興味を失わせないために手を変え品を変え子供たちが見たい映像を具現化する制作陣のたゆまぬ努力があった。

第78話「恐怖ウニドグマ+ゆうれい怪人」。サブタイトルの通り、新怪人であるウニドグマの他に、正体不明の異形の怪人が出現したこの回は、ショッカーの改造人間とも違う謎の存在の出現で子供たちの興味を引いた。続く第79話「地獄大使!!恐怖の正体?」では、ショッカー首領に見限られながら、自らを囮として少年ライダー隊を罠に嵌めた地獄大使のショッカー首領への忠誠心と、その忠誠心が報われることもない悲哀を描き、滅びゆく者の哀愁を感じさせた。
「ゆうれい怪人」の暗躍も続けて描かれたこの回をもって、ついにショッカー日本支部は壊滅。
しかしショッカー首領は既にアフリカ大陸で暗躍する秘密結社、ゲルダム団を吸収合併した新組織、ゲルショッカーを結成。「ゆうれい怪人」の正体はその尖兵、ガニコウモルだった。
複数の動植物を合成した姿を持つゲルショッカーの怪人は、ベースとなった動植物それぞれの力を併せ持つ強敵として描かれた。子供たちにとっても、これまで単独のモチーフに沿った存在だったショッカー怪人と比べ、2つのモチーフを併せ持つゲルショッカーの合成怪人は2倍強いはずだ、と納得させる説得力を持った合成怪人の設定も、子供たちの目線からも納得できるより強い怪人を生み出し、シリーズを盛り上げようとする制作陣の非凡なセンスの表れである。

この時期になると、「仮面ライダー」制作陣は前述した藤岡弘氏のスケジュール調整の影響もあり、本郷猛の出番を極力減らした作劇を展開する必要に迫られていた。
「仮面ライダー」制作陣は、やはりこのピンチを強みに変え、新組織ゲルショッカーの合成怪人の猛威で仮面ライダーが追い詰められ、生死不明になることで本郷猛が不在になるというエピソードを複数展開し、これまでのショッカーの改造人間を遥かに上回る強さを持つゲルショッカーの合成怪人の強さを強調することに成功したのである。

この時期のさらなるトピックは、原作者・石ノ森章太郎の監督としての作品への参加である。当時多忙を極めながら、1日に1本必ず映画を見る時間を作っているというほどに映画、映像への熱意を抱いていた石ノ森章太郎の映画への思いを理解していた「仮面ライダー」制作陣は、この大ヒット番組を誕生に導いた偉大な才能に敬意を評し、監督をオファー。
かくして石ノ森自身がシナリオの執筆、怪人のデザインと造形への監修、ロケ地のロケーション・ハンティングまでを多忙の合間を縫って行い、昼は撮影、夜は徹夜で漫画原稿の執筆を行うハードスケジュールの中でメガホンを取った第84話「危うしライダー!イソギンジャガーの地獄罠」は、石ノ森の独自のセンスが光る映像表現が駆使された、シリーズの中でも屈指の異色作として完成した。最後のナレーションで触れられる、「(人間の自由を奪う)ゲルショッカーの恐ろしさは戦争の恐ろしさと同じだ」というフレーズに、原作者・石ノ森章太郎自身が仮面ライダーという「人間の自由のために戦う」戦士の戦いに託したかったメッセージ性が込められたこのエピソードは、今も高い支持を得ている。

さらなる強化策として検討され続けた「仮面ライダー3号」の登場という案が、後番組となる「仮面ライダーV3」の企画として結実を見せようとしている中、終局へと向かいつつある「仮面ライダー」を最後まで盛り上げるべく、制作陣は最後のイベント編を展開する。
一文字隼人の再度の帰還による「ダブルライダー編」に加え、6人ものにせ仮面ライダー=ショッカーライダーが出現する、「にせライダー編」である。
ショッカーと海外で戦っていたアンチショッカー同盟が持つ、ショッカー首領の正体を収めたコンピューターテープをめぐり、ダブルライダーや少年ライダー隊、アンチショッカー同盟らと6人のショッカーライダーや3体のゲルショッカー合成怪人が入り乱れ、コンピューターテープの争奪戦を展開するスペクタクル巨編として、3話に渡って展開されたこの「にせライダー編」は、石ノ森章太郎が執筆した萬画版「仮面ライダー」における「13人の仮面ライダー」のイメージを実写化し、さらにメインライターである伊上勝が得意とした、時代劇における秘伝帳争奪戦を彷彿とさせるサスペンスにあふれた傑作エピソードだった。
この戦いの中で、ついに本郷猛と一文字隼人が並び立って同時に変身ポーズを行う、「ダブル変身」が初披露される。桜島での初めてのダブルライダーの共闘以来、本郷ライダーのパワーアップによって本郷猛が変身ポーズによる変身を行うようになりながら、並び立って変身するシーンはここまで温存されてきた。「仮面ライダー」制作陣は、6人のにせライダーに対して敢然と立ち向かうダブルライダーが、ついに並び立ち変身する、この最高のシチュエーションまで「ダブル変身」を温存し、2度めとなる正月編を見事に盛り上げたのである。

そうして変身したダブルライダーを取り囲む、6人のショッカーライダーという構図は、仮面ライダーと同等の戦力を持つ改造人間を量産できるゲルショッカーの強大さと、そんな心なき力に過ぎないにせライダーに対して一歩も引かずに「本物の強さ」を見せる、長きにわたる戦いを乗り越え歴戦の勇士となったダブルライダーの頼もしさを十全に演出した。
そして、そんな心なき力に過ぎないショッカーライダーを一網打尽にしたのが、ダブルライダーが心を一つに特訓し身につけた秘技「ライダー車輪」である、という構図は、人間の心を持ち、互いに信頼し合っているから2人の仮面ライダーは強いという、人の心の素晴らしさを描いた。

「『変身』を続けた、変身ブームの開拓者」

幾多の死闘を経て、ついに迎えた最終回、第98話「ゲルショッカー全滅!首領の最後!!」にて、ゲルショッカーの大幹部であるブラック将軍はその正体であるヒルカメレオンとなるがダブルライダーの前に敗北、ヒルカメレオンの手で人間の生き血を注入され蘇った再生合成怪人軍団も尽く滅ぼされた。ゲルショッカーに捕らえられていた立花藤兵衛や滝和也、少年ライダー隊の仲間たちを救ったダブルライダーはゲルショッカーの本部に突入。
ついにゲルショッカー首領の元へたどり着く。真紅の覆面に隠した醜悪な素顔を暴かれたゲルショッカー首領は敗北を悟ると、本部もろとも自爆して果てた。
ゲルショッカー首領の劇的な最期とともに、ゲルショッカーは全滅。
仮面ライダーの長きにわたる、苦悩に満ちた戦いの日々はここに終わりを告げるのであった。

「仮面ライダー」というシリーズを締めくくったのは、ショッカー、そしてゲルショッカー壊滅という使命を帯びて日本を訪れ、今まさにその使命を終えた滝和也のアメリカへの帰国を、共に戦った仲間が見送るシーンだった。それは、主人公不在という、番組存続をかけた最大の危機を支え、番組の命脈をつなぎ大ヒットへの基盤を作った「滝和也」というキャラクターと、それを演じた千葉治郎氏に対する、「仮面ライダー」制作陣の敬意の表れと見ることも出来るだろう。

「仮面ライダー」という作品をこうして俯瞰して振り返った時に最も驚かされるのは、番組存続の危機となるようなハプニングが続出しながら、それら全てを現場の知恵と工夫で乗り越え、新たな強みを創出した制作陣の手腕である。スカルマンへのドクロの仮面のモチーフへのクレームを、バッタの能力を持った改造人間という最大の特徴へと昇華させたこと。主演俳優不在の危機を新たなキャラクターの創出によって乗り越え、より受け入れられやすい作風へ作品を変化させたこと。乏しい予算と機材という悪条件だからこそ考案された様々な独自の演出。
数々の危機を制作陣は乗り越え、「仮面ライダー」という作品を「変身」させていき、独自の強みを創出していった。それらの強みは現在まで続く「仮面ライダー」シリーズや、石ノ森章太郎氏とのタッグによって生まれていった幾多の「石ノ森ヒーロー」作品群、それを更に独自の視線や時代性を取り入れ発展させていった「スーパー戦隊シリーズ」「メタルヒーローシリーズ」に多かれ少なかれ影響を与え続けている。
「仮面ライダー」という作品は、その創意工夫によって、半世紀に渡って展開され続けている東映の等身大ヒーロー作品群が歩む道を開拓し、その基盤となったのである。

「仮面ライダー」という作品を現代の目から見れば、そのドラマはあまりにもシンプルな構造に見えてしまうだろう。連続ドラマの縦軸として当初意識されていたであろう、本郷猛の人ならぬ身になった哀しみという要素は、本郷猛の退場に伴い意識されなくなったし、前後編、3話構成といった短期的な連続エピソードや、各大幹部の交代など複数エピソードの区切りとなる要素こそあれど、2年間のシリーズを通した縦軸と呼べる要素は見られない。
しかし、「仮面ライダー」という作品は、毎週見ている子供たちをテレビの前に釘付けにするため、1話1話のエピソードの面白さと、毎回登場するショッカー怪人の個性の演出に力を注ぎ、1話完結の痛快アクションドラマとしての純度を高めていったことが最大の美点である、と思える。1話完結だからこそ、どの時期のエピソードを抜き出しても面白い、どこから切っても同じく楽しめる金太郎飴のような作品なのだ。

そして仮面ライダーと怪人の攻防戦というシンプルなドラマを2年間に渡って展開していく中に、子供たちの興味を引く要素が次々に盛り込まれてきたのは、前述してきた通りだ。
子供たちを1週1週楽しませることに全力を注いだ、子供目線を最も大切にした番組制作を徹底してきた制作陣の真摯な姿勢の素晴らしさは、「仮面ライダー」という作品が現在まで続く特撮作品の金字塔となったことが何より証明しているだろう。

そして「仮面ライダー」は等身大ヒーロー作品というジャンルの開拓者として、後世に続く作品の「基盤」となった。正義の仮面ライダーと悪の怪人との攻防戦、というシンプルな構図を徹底したがゆえに、そこに新たな要素を継ぎ足すことで新たな作品が無数に生まれていく、後に続く幾多もの等身大ヒーロー作品の基盤となったのである。
主人公に「心の有り様に悩むロボットヒーロー」という特徴を付与した「人造人間キカイダー」。「超能力を駆使する二段変身するヒーロー」という要素を売りにした「イナズマン」。「変身しないヒーローの仮面劇」を特徴とした「アクマイザー3」。「複数のヒーローが力を合わせ戦う」構図を特徴とした「秘密戦隊ゴレンジャー」。それらが描いてきた、怪人との一話完結の攻防戦を基本線にする作風は、間違いなく「仮面ライダー」が基盤となったものだ。

「仮面ライダー」シリーズも、「仮面ライダー」が築き上げた基盤を元に、正統続編としてその強みを順当に進化させた「仮面ライダーV3」、謎が謎を呼ぶ連続ドラマ性を付与することを志向した「仮面ライダーX」、「大自然の使者」という要素を追求し野生児のヒーローを描いた「仮面ライダーアマゾン」と、シリーズごとの新機軸を継ぎ足して新作を成立させていった。
2年間に渡る苦闘によって成立させた、幾多もの等身大ヒーロー作品の基盤となる作風の確立こそ、「仮面ライダー」という作品の最大の功績であり、今なお「仮面ライダー」が色褪せぬ作品として歴史にその名を刻んでいる要因であろう。

「仮面ライダー」は、東映特撮ファンクラブHuluU-NEXTといった動画配信サービスで有料見放題配信中だ。全98話、どこを抜き出しても楽しめる、痛快アクションドラマとしての純度を高めた作風は、配信で好きな話だけを選んで見ることが出来る、動画配信サービス全盛時代にマッチした作風であるとも言える。50年前、一時代を築いた「人間の自由を守るためにショッカーと戦う」改造人間の戦いのドラマを、ぜひもう一度見ていただきたい。
一話一話に心血を注ぎ、テレビの前の子供たちとの真剣勝負に挑んだ「仮面ライダー」制作陣の情熱が、あなたの胸にかえってくるはずだ。

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